
滋賀県長浜市在住の写真家・辻田新也氏(1990年生まれ)は、2022年以降ほぼ毎日琵琶湖を撮影し続け、2025年7月1日(びわ湖の日)に初の写真集『UNKNOWN LAKE 琵琶湖』(能美舎、136ページ、本体3,300円税別/店頭では税込表示でおよそ3,600円台になる例が多い)を刊行しました。東側に暮らす彼が好んで捉える夕景を中心に、94点の作品が収められています。
この取り組みは、単なる風景記録を超え、見慣れた琵琶湖の中に同時に存在する「未知の世界」を静かに提示しています。滋賀県内で湖を日常的に目にする人々にとって、改めてその多層性を意識させるきっかけになっている、と読む向きもあります。僕自身も琵琶湖の西岸側に足を運ぶことがありますが、岸の位置を変えるだけで空の色域や雲の立ち上がりがまるで別物になるので、辻田氏の「毎日」という前提が効いているのは自然な気がします。
毎日撮影が明らかにした「UNKNOWN LAKE」の実態
辻田氏は長浜市に生まれ育ち、琵琶湖の東側から見える夕陽を特に好んで撮影します。2022年以降の継続的な撮影により、単発の「良い写真」ではなく、時間・光・雲の移ろいを通じて湖が持つ多様な表情を記録するようになった、という整理ができます。
写真集のタイトル「UNKNOWN LAKE」は、日常的に目にする湖の奥に潜む未知の側面を象徴します。沖島の桜、湖面のさざ波、ドローンによる俯瞰など、地上からだけでなく多角的な視点も取り入れています。能美舎の商品ページでは、見慣れたはずの景色の中に「同時に存在する未知の世界」として、朝日・夕日・満月・虹・そして龍といった語を並べており、現象そのものへの眼差しの硬さより、言葉選びの温度が先に立ってくる印象です。
書誌と、公式にたどれる導線
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | UNKNOWN LAKE 琵琶湖 |
| 判型・ページ | A4版変形・136ページ(カラー写真94点) |
| 発売日 | 2025年7月1日(びわ湖の日) |
| 発行 | 能美舎 |
| 本体価格 | 3,300円(税別) |
滋賀県の広報では、創刊記念の写真展やトークイベント、マルシェなどの日程が文章として整理されています(詳細は同ページの本文を参照)。購入導線としては、能美舎のオンラインストア(例: `https://noubisha.thebase.in/items/123650615`)や書店チェーンでの取り扱いが案内されています。
いっぽうで、写真集という商材は「中身が写真である」がゆえに、紙の質感や刷色の差がレビューに出やすいジャンルでもあります。未購入の読者にとっては、まずは店頭で見開きを確認するか、公式の紹介文と収録点数(94点)を突き合わせるのが現実的な手順でしょう。

辻田氏のX投稿(@gt_shinya)では、撮影を通じて得た内省も頻繁に共有されています。たとえば「自分は人と比べてダメだと思っていても、そのことは実際には写真に写らない」「写っていないものを真実としがちな世界で、本来そうだ、と立ち返らせてくれる景色が僕にとっては琵琶湖だ」といった投稿は、写真が余計な比較や思い込みを削ぎ落とす装置になりうる、という指摘として読めます。ここでいう「僕」は投稿者本人の一人称であり、当記事筆者の立場とは別です。
現場の写真家コミュニティでは、毎日投稿を続けることの難しさ(題材の枯渇に見える瞬間と、実際には光が毎回違うことの両立)が指摘されがちです。辻田氏の場合は、湖という巨大な被写体が、気象と季節のほうから毎回ちがう顔を突きつけてくる、という構図に寄せて理解しやすいでしょう。
「琵琶湖に龍が舞い降りた」——ローカル伝承と重なる瞬間
記事冒頭に掲げた実写は、2024年8月頃に投稿され、「琵琶湖に龍が舞い降りた」と題された作品です。雲の形状が龍を連想させ、左下に竹生島(龍神伝説が残る島)が写り込む構図が話題になり、X上の表示ではおおむね約196万ビュー、いいねは3万7千件前後に達した、と各所で紹介されています(公開時点の指標であり、後から変動します)。
この写真は偶然の産物ではなく、毎日撮影を続けていた中で捉えられた一瞬である、と本人の説明が重なります。辻田氏自身も竹生島の伝承を意識しており、写真集の表紙・裏表紙に採用されました。地元に根付く信仰や物語と、現代の空の現象が重なることで、単なる気象記録を超えた読みが立ち上がる、という見方は、観光PRの現場でもときどき引用されます。
同様の龍のような雲は他にも複数回撮影されており、辻田氏のInstagramやXでは「少し龍みたい」「琵琶湖で龍と蛇が戯れる瞬間」といった投稿が続いています。拡散した一枚だけでなく、継続的な眼差しの中で「龍」が繰り返し現れる点に、彼の撮影スタイルの癖のようなものがにじみます。まあ、雲の話題は語彙が一気に神話側に寄りやすいので、編集としては一次の投稿文と日付を軸に据えるのが安全だと感じます。

写真集と展示がもたらす地元への波及
写真集の発売に合わせ、長浜市内で写真展やトークイベントも開催されました。朝日新聞の取材では、辻田氏が「県外の人だけでなく、琵琶湖と暮らす滋賀の人も、場所によって湖の未知の景色がある。地元を自慢できる一冊になれば」と語っていると紹介されています。一次の発言全文は、同記事の本文(`https://www.asahi.com/articles/AST6J35SWT6JPTJB002M.html`)で確認できます。
2024年度には琵琶湖汽船の公式プログラム「びわ湖アンバサダー」も務め、写真だけでなく映像制作やWeb制作も手がける幅広さが特徴です。制度の概要は、同社の公式サイト(例: `https://www.biwakokisen.co.jp/press/39871/`)などで確認できます。息子に琵琶湖の夕日にちなんだ名前をつけたことが、毎日撮影を続ける個人的なきっかけの一つになった、というエピソードは、単なるプロの仕事ではなく生活に根ざした営みであることを示します。

企業の広報担当や自治体の観光担当の立場では、「個人の継続投稿が地域ブランドの補助線になるかどうか」を、数字(インプレッション)と中身(説明文の誠実さ)の両方で見にいきがちです。辻田氏のケースは、話題の一枚だけでなく、書誌情報や展示の日程が公的ページや報道で追いかけられる段階まで来ている点が、運用側にはありがたい材料になります。
滋賀に暮らす人々への示唆と、高島市から見た補助線
辻田氏の活動は、琵琶湖を「観光地」としてだけでなく「日常の風景」として深く観察し続けることの価値を体現しています。長浜から見える夕陽、竹生島の伝承、雲の造形——これらは特別な日だけでなく、毎日の積み重ねの中でしか捉えられない、というのがここまで読んできた主張の芯です。
高島市など、琵琶湖を異なる岸から見る人々にとっても、共通するのは「見えているようで見えていない」層の存在です。光の当たり方、雲の動き、歴史的な文脈を少し意識するだけで、同じ湖が異なる表情を見せます。僕にとっては、西岸の山陰と湖面のコントラストが気になりやすいのですが、東岸の夕景中心の作品集は、その逆側の視覚習慣を更新する材料にもなります。
地域の観光協会や市の広報がつくる「定番の眺望ポイント」と、写真家個人が積み上げた「同じ地点の違う空」は、目的関数がちがいます。前者は来訪者に安心感を与える設計になりやすく、後者は不確実性(天候リスク)をそのまま価値に変換しやすい。辻田氏の活動は後者の成功例のひとつとして参照されやすく、行政側が連携するときは、著作表示や撮影場所の安全注意など、ルール面のすり合わせが先に立つでしょう。
今後注視したいのは、こうした個人による継続的な記録が、地域の文化や環境意識にどう接続されるかです。写真集やSNSを通じて「地元を自慢できる光景」が共有されることで、琵琶湖を単に資源としてではなく、物語と現象が重なる場所として再認識する動きが広がるかどうかは、行政・事業者・クリエイター側の公開プロセスの設計にも依存します。少なくとも、県公式の取材記事やプレスリリースがすでに存在する時点で、公的な文脈への入口は開いています。
なお、インプレッションやいいねの数値はプラットフォーム側の定義に依存し、後から集計方法が変わることもあります。引用する場合は「当該投稿の画面表示では」など、観測の出所を短く添えるのが無難です。
辻田新也氏の公式X(@gt_shinya)やInstagram、写真集『UNKNOWN LAKE 琵琶湖』の販売ページ(能美舎のオンラインストアなど)は、その眼差しを追うための一次の窓口です。湖を眺めるたびに「今日はどんな層が厚く見えるか」と立ち止まる——そんな小さな習慣が、作品を通じて増えていくかどうかは、これからの観測対象にしたいところです。
