03.06
MEET YOUR ARTが2026上半期必見に選出 キュンチョメ「100万年の子守唄」高島市展

*出典:[Tokyo Art Beat X投稿](https://x.com/TokyoArtBeat_JP/status/2028805342235385876)*
MEET YOUR ART YouTubeチャンネルが2026年上半期必見の10展の一つに挙げた展覧会は、滋賀県高島市大溝地域で開催中の「キュンチョメ 100万年の子守唄」である。滋賀県立美術館が主催するASKプロジェクトの第1弾として、琵琶湖の水辺景観と現代アートが交差するこの試みは、単なる展示を超えた地域と芸術の新たな関係性を提示している。この記事では、プロジェクトの背景、アーティストの創作史、作品の詳細、会場となる古民家の文化的意義を多角的に検証し、中長期的な展望を明らかにする。
## 湖北における現代美術の新地平 ASKプロジェクトの始動
滋賀県立美術館は2021年6月にリニューアルオープンし、「かわる かかわる ミュージアム」をコンセプトに掲げている。ASKプロジェクトは琵琶湖北部地域を舞台とする3年計画で、Art Spot in Kohokuの略称を持つ。アートを通じて地域住民や来訪者に問いを投げかける(ask)ことを目的とし、令和7年度から高島市、米原市、長浜市を順に巡る。
第1弾として高島市大溝地域を選択した背景には、同地域の水文化の独自性がある。戦国時代、織田信長の甥・織田信澄が築いた城下町で、比良山地からの湧水、琵琶湖、内湖の乙女ヶ池を巧みに取り入れたまちづくりが特徴だ。町中を流れる古式上水道や伝統的な集落景観は、水と人間の共生を体現している。2015年1月26日に文化財保護法に基づく重要文化的景観に選定され、同年4月24日には文化庁認定の日本遺産「琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産-」の構成文化財にも登録された。
会場は滋賀県立美術館ではなく、高島市勝野地区の3つの歴史的建造物である。①旧福井盛弘堂(宝・北本町、かつての和菓子店、現「つながりの家」)、②中田家住宅旧米蔵(宝・紺屋町、現「治癒の家」)、③林家住宅旧米蔵(中町、無人公開)。鑑賞は旧福井盛弘堂からスタートし、会場間は徒歩5分以内で移動可能。開場は会期中の金曜日・土曜日・日曜日および2月23日(月・祝)のみで、開催日数は27日間、時間は10:30~16:30、入場無料だ。
この限定開場方式は、地域住民の生活を尊重しつつ、アートを日常に溶け込ませる配慮を示している。協力団体には大溝の水辺景観まちづくり協議会、株式会社澤村、西日本旅客鉄道株式会社などが加わり、企画は同館学芸員の真山陽理子氏が担当した。琵琶湖の水が街路にまで入り込む景観の中で、アートが「水の循環」と「愛」のメタファーとして機能する点が、プロジェクトの核心である。

*出典:[滋賀県立美術館(SMoA)X投稿](https://x.com/shiga_kenbi/status/2025204226738323918)*
琵琶湖は世界有数の古代湖で、起源は約400万年前に遡る。現在の形態は約40万年前に整ったとされ、固有種の多さで知られる。この悠久の時間を「100万年の子守唄」に喩えたキュンチョメの着想は、単なる詩的表現ではなく、湖が人々や生物を見守り続ける存在として位置づけられる。ASKプロジェクトはこうした自然と人間の関係性を現代アートで問い直す試みとして、美術館の枠組みを地域に拡張するモデルケースとなり得る。
## 2011年震災から生まれたキュンチョメの芸術世界
キュンチョメはホンマエリとナブチによるアートユニットで、2011年の東日本大震災を契機に活動を開始した。海や自然、動植物、死者、見えない存在に焦点を当て、人間中心主義を超えた「新しい愛のかたち」やウェルビーイングを探求する。表現は映像、インスタレーション、参加型パフォーマンスを中心に、詩的でユーモラスな語り口が特徴だ。
制作行為を「新しい祈り」と位置づけ、社会問題や自然災害、自然そのものと正面から向き合う。被災地や放射能汚染地域、津波被災地などで、人間が自然を支配しようとした歴史の不可能性を問い、循環に基づく関係性を模索する。緊張したテーマを扱いながら、鑑賞者が身体と心の重荷を解放し、外界や内なる「沈黙の声」に調律される空間を創出する点が評価されている。
主な受賞歴として第17回岡本太郎現代芸術賞大賞(2015年)がある。近年の個展・グループ展は多岐にわたり、2019年「あいちトリエンナーレ2019」、同年「現在地:未来の地図を描くために[1]」(金沢21世紀美術館)、2022年「六本木クロッシング2022:往来オーライ!」(森美術館)、2023年「魂の色は青」(黒部市美術館、美術館初個展)、2025年「All Living Things Are Breathing Now」(フィリピン・ヴァルガス美術館、アイルランドArtlinkなど)がある。レジデンス歴も豊富で、2015年ベルリン、2016年ロンドン、2017年インドネシア、2021年アジア文化評議会フェローシップ、2022年文化庁海外研修(フィリピン)、2023年ハワイACCなど、国内外のフィールドワークが作品に深みを加えている。
コレクションは愛知県立美術館、滋賀県立美術館、田口美術コレクション、高橋龍太郎コレクション、宮津コレクションなどに及ぶ。講演・ワークショップも東京藝術大学や早稲田大学などで実施され、教育的な側面も強い。
本展はキュンチョメの関西初個展であり、琵琶湖との出会いがタイトルを生んだ。作家ステートメントは次の通りである。「私たちを愛してくれるものは、必ずしも私たちと同じ姿をしているとは限らない。最近、そんなことに気がつきました。琵琶湖の西側にある、水に囲まれた静かで小さな町。この町を歩いていると、水が歌う子守唄が聞こえてくるような気がしました。ここに流れ着く水そのものが、あらゆる生命に向けて子守唄を歌っているのです。その声は、動物たちにも、植物にも、そして私たち人間にも向けられています。自分と同じ形をしていないものから愛を感じること。そして、自分と同じ形をしていないものを愛すること。それは、幸せのためにとても大切なことなのではないかと思います。今回の展示では、三つの民家を使って、そんな愛のかたちや幸せを見つけられる場所を生み出したいと思っています。ぜひ、水の中を散歩するような気持ちでお越しください。あなたのもとに、100万年の子守唄がいつまでも降りそそぎますように。」
この声明は、3.11後の「祈り」の延長線上で、水を媒介とした非人間中心の愛を体現している。過去の作品群(例:「金魚と海を渡る」2022年、「海の中に祈りを溶かす」2022-2023年)と比較しても、本展の新作は地域固有の水環境に深く根ざしている点で進化が見られる。

*出典:[滋賀県立美術館(SMoA)X投稿](https://x.com/shiga_kenbi/status/2025204226738323918)*
## 水と愛の交響 「100万年の子守唄」の世界観と新作
展覧会は計8点(平面2点、立体3点、映像3点)で構成され、そのうち4点が新作である。新作は《あいまいな地球に花束を》(2025年)、《あなたの傷が癒えますように》(2025年)、《Ghost in the Ocean》(2025年)、《ライフ・イズ・ビューティフル》(2024-2025年)だ。
旧福井盛弘堂(つながりの家)の厨房には《あいまいな地球に花束を》が配置され、かつての和菓子店の生活痕跡と対話する。立体作品として地球の曖昧さを花束で包み込む造形は、水の循環がもたらす包括的な愛を象徴する。中田家旧米蔵(治癒の家)の外壁には《あなたの傷が癒えますように》が掲げられ、写真作品として観る者の傷を癒すメッセージを発信する。林家旧米蔵では《Ghost in the Ocean》の映像が投影され、海中の幽玄な光景が米蔵の暗がりに浮かび上がる。
既存作では《金魚と海を渡る》(2022年)、《海の中に祈りを溶かす》(2022-2023年)も加わり、水の存在が印象的に扱われる。映像作品は各5〜10分程度で、会場暗部での没入体験を促す。すべての作品を鑑賞するには最低40分を要し、段差や暗所への注意、防寒対策が呼びかけられている。
これらの作品は、琵琶湖の水が「世界の愛」として町全体を受け入れる場所に変える。作家は「主役は作品ではなく、この街であり、街を通して自分たちが循環の一部であるということを意識してもらえれば」と語る。鑑賞後、会場周辺を散歩するよう推奨され、白鬚神社、大溝城跡、乙女ヶ池などのスポットと連動する。

*出典:[美術手帖 X投稿](https://x.com/bijutsutecho_/status/2026615236799926764)*
## 古民家に息づく作品 三つの家が織りなすサイトスペシフィックな体験
3会場はそれぞれ「つながりの家」「治癒の家」として機能し、古民家の段差や梁、暮らしの気配が作品に層を加える。旧福井盛弘堂はスタート地点で受付と立体作品を、中田家旧米蔵は外壁作品と癒しのテーマ、林家旧米蔵は映像の無人空間を提供する。
このサイトスペシフィックな展開は、キュンチョメの過去作とも共通する。例として2016年のロンドン「Ain’t Got Time to Die」や2015年のベルリン展示では、被災や汚染の痕跡を活かした空間介入が見られた。本展では、水路が生活道路に溶け込む大溝の景観が「水の中を散歩する」感覚を増幅する。
車椅子スロープや筆記ボードの配備、事前相談によるサポート体制も整え、幅広い来場者を想定している。ワークショップやツアーも充実しており、2月22日の「花になる」、3月7日・20日の学芸員まちあるきツアー、4月19日の「愛のための刺繍」とアーティストトークが予定される。これらは参加型パフォーマンスの延長として、鑑賞を能動的な体験に変える。

*出典:[キュンチョメ公式X投稿](https://x.com/kyun_chome/status/2027369858904830415)*
## 地方とアートの共生 展覧会がもたらす地域変容の可能性
本展は美術館主催ながら地域企業・団体と協働し、高島市へのアクセス改善(JR近江高島駅から徒歩10分、レンタサイクルあり)と無料公開により、観光振興の役割も果たす。京都駅から約40分という利便性は、都市部アート愛好家と地元住民の橋渡しとなる。
類似事例との比較では、越後妻有アートトリエンナーレ(新潟、2000年開始)の農村再生モデルや瀬戸内国際芸術祭(香川・岡山、2010年開始)の島嶼活性化が挙げられる。これらは人口減少地域でアートを触媒としたが、ASKは美術館が主導し、3年計画で継続性を確保する点で差別化される。あいちトリエンナーレ2019でのキュンチョメ参加も、参加型要素の強さを示すが、本展はより静謐で内省的な「調律」を重視する。
短期的影響として、27日間の限定開場が話題性を生み、SNS拡散を促進している。中長期的には、ASKの次年度(米原市予定、2027年度)へのつながりが期待される。地域アートが地方創生に寄与する事例として、成功すれば滋賀県全体の文化政策モデルとなるだろう。

*出典:[滋賀県立美術館(SMoA)X投稿](https://x.com/shiga_kenbi/status/2025204226738323918)*
## 中長期的な展望と複数のシナリオ
1. ASKプロジェクトの第1弾として高島市大溝地域を選定した背景
2. 琵琶湖の400万年史と「100万年の子守唄」タイトルの象徴性
3. キュンチョメ結成の契機となった2011年東日本大震災の影響
4. 第17回岡本太郎現代芸術賞受賞がもたらした国際的評価
5. 3つの古民家それぞれのテーマ(つながり・治癒・幽玄)
6. 新作4点の具体的内容と会場配置の意図
7. 水路と内湖が織りなす大溝地域の重要文化的景観指定(2015年)
8. 日本遺産登録と水辺祈りの文化遺産としての位置づけ
9. MEET YOUR ART動画での18分台紹介が全国に与えた波及効果
10. 限定開場27日間の戦略的意義と地域生活尊重
11. ワークショップ4件とアーティストトークの参加型要素
12. 過去展覧会(あいちトリエンナーレ、黒部市美術館)との作品進化比較
13. 越後妻有・瀬戸内芸術祭との地域アートモデル比較
14. 無料公開とアクセシビリティ向上による観光振興効果
15. 琵琶湖固有種多さと非人間中心の愛テーマの科学的連動
16. 作家ステートメントに込められた「異なる形の愛」哲学
17. 米原市・長浜市へのASK次年度展開計画
18. 障害者対応設備(スロープ・筆記ボード)のインクルーシブ設計
19. SNS拡散と地元協力団体の役割分担
20. 鑑賞後散歩推奨による街全体を作品化する手法
今後の展望として4つのシナリオが想定される。楽観シナリオでは、来場者増加とSNS効果で高島市観光が活性化し、ASKが全国モデルとなり、3年計画終了後に恒久的な地域アート拠点が生まれる。中立シナリオでは、限定開場ゆえの安定した地域受容が続き、毎年1万人の来訪者を維持する。悲観シナリオでは、天候不良やアクセス課題で来場者が伸び悩み、プロジェクトの継続性が問われる。破壊的変革シナリオでは、非人間中心の愛というテーマが気候変動や生物多様性議論を喚起し、アートが政策レベルで環境教育ツールとして採用され、琵琶湖保全運動の象徴となる。
注視すべきポイントは、次年度米原市の具体的内容と、MEET YOUR ARTをはじめとするメディアの継続的フォローである。潜在的なゲームチェンジャーは、琵琶湖の生態系データと作品の連動企画や、国際レジデンス経験を活かした海外アーティスト招聘だ。社会的影響としては、地方在住者のアートアクセス向上と、若い世代の地域回帰促進が期待される。アートが水のように循環し、観る者の心に子守唄を響かせる未来が、ここ高島から始まっている。

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