関西の客が減る新幹線では、湖西が損をする——米原経由を推す
2026年8月中旬、星野リゾート代表の星野佳路と堀江貴文の対談が、堀江のYouTube「ホリモンチャンネル」に載った。題は新幹線で観光客増加のはずが…星野リゾート代表と語る交通網と観光産業。金沢は増えた。金沢より西は、新幹線が来る前より客が落ちた、と星野は言う。関西からサンダーバードで直通していた客が、敦賀で乗り換えになり、手間と運賃が乗った。増えた分より、減った分の方が多かった、という話だ。
湖西は、その直通の途中にある。今津も新旭も、琵琶湖の横を特急が走ってきた。小浜・京都ルートは、その流れを湖の西岸から外す。米原経由は高い。県は令和8年4月8日付で、米原も湖西も「求めても、望んでもいません」と書いた。望まない理由は財政と並行在来線だ。それでも、観光の網として見るなら、関西の客を滋賀に残すのは米原だ。コストはある。湖西の観光にとっては、そちらの方が大きい。

金沢は増え、西側は減った——星野が測ったもの
星野の話は短い。金沢まで新幹線が行ったとき、金沢の観光客は増えた。いま金沢より西側は、来る前より落ちている。もともと大半は関西から来ていた。サンダーバードという便利な電車で来ていた。敦賀で新幹線に乗り換え、値段が全体的に高くなった。減った分の方が、新幹線が西へ伸びて増える分より多かった、と続ける。
「新幹線が来ますよってやっぱりちょっと盛り上げすぎた」。駅の周辺に公共工事を当て込み、期待外れで批判を受けている、とも言う。いまのところ、と留保はつける。留保のあとに残るのは、駅ができたかどうかではなく、関西の客が残ったかどうかだ。
堀江はサンダーバードにいい思い出がない、と言う。雨と嵐に弱い。雪にも弱い。琵琶湖の横で鹿が飛び出して1時間遅延した、と具体に落とす。さっさと新幹線を通せ、が持論だ。星野は、大阪まで通さなければ意味がない、と返す。大阪までの延伸は先で、観光の仕事をしている間には開通しないだろう、とも言う。ショートカットはダメだ、と星野。堀江は「前原でいいじゃん」と自動字幕が起こす。要約サイトは敦賀の暫定終点と読んでいる。のちに堀江自身が、そこで乗り換えると大阪からの客がだるがる、と引き戻す。星野は「なります」と同意する。
僕は最初、有名人対談の鉄道談義だと思った。聞き直すと、測っているものは開業景気ではない。関西から北陸へ、一本で来ていた客が、どこで切れたかだ。切れた場所の西側が、湖西と重なる。重なりを、敦賀開業の福井の話だけにしておくと、次の延伸で同じ切れ方が琵琶湖の西側に来る。字幕の「前原」を米原と決めない。決めないまま残るのは、関西の客をどこで乗せるか、という星野の測り方だけだ。
金沢以西の減は、開業ポスターでは測れない
星野の「いまのところ期待外れ」は、加賀や福井の宿の現場の言葉だ。県や市の入込客統計の確定値ではない。確定値をここで作らない。作らないまま使えるのは、関西からの直通が敦賀で切れた、というダイヤの事実だ。切れたあとに残るのは、敦賀までのサンダーバードと、敦賀以遠の新幹線だ。二枚の切符と、ホームの移動と、運賃の上乗せが、関西の家族旅行の計算に乗る。乗る計算を、金沢駅前の工事の写真は消さない。
湖西の店から見ると、その計算の途中に今津や新旭があった。あった、というのは、特急が琵琶湖の横を走っていた、という意味だ。走っていた車窓を、敦賀開業のあとでも完全に消したわけではない。本数は減る。減った本数の横に、普通の新快速が残る。残る新快速は京都との日常だ。日常と、北陸へ向かう関西の団体は、同じ列車ではもう来ない。来ない団体を、小浜トンネルの開業景気で今津に戻す設計は、県の4月の文には無い。

サンダーバードが切れた、という本質
表層は、北陸新幹線が敦賀まで来て特急が短くなった、というダイヤの話だ。本質は、関西の観光客の入口が一本消えたことだ。金沢以西の宿が測った減は、星野の現場の言葉であって、県の統計の確定値ではない。現場の言葉と、湖西の線路は同じ向きを向いている。大阪・京都から北陸へ行く客は、長らく湖西線か米原経由の在来線を選んだ。湖の西を走る方が近い日もあった。近い日の車窓が、針江や今津やマキノの滞在に落ちることもあった。
敦賀で新幹線に乗り換える設計は、関西の客に手間と運賃を足す。星野が言ったのは、その足し算が、新しい駅の宣伝より効いた、ということだ。効いた先を、小浜から京都へトンネルで飛ばすと、滋賀は通過しなくなる。通過しなくなる線路の横に、湖西の観光地が残る。残る側から見ると、関西の客を北陸へ直通させた旧来の網の方が、観光には親切だった。親切だった網を、20年待って湖の裏側へ移すのが、いまの既定ルートだ。
担当課の説明では、小浜・京都は乗換がなく、リダンダンシーにもなる。乗換がないのは利用者には楽だ。楽な線路が滋賀を通らないとき、楽さは関西と北陸の間だけに残る。間にあった湖西は、特急の本数が減ったあとの普通列車と、マイカーの客で観光を組むことになる。組める、という話と、関西の団体が今津で降りなくなる話は、同じ客層ではない。
湖西線は、すでに冬に米原へ逃げる
JR西日本は、湖西線の強風が見込まれるとき、サンダーバード等を琵琶湖線・米原経由に切り替えることがある。公式の交通情報は、敦賀・京都・大阪の遅れと、北陸新幹線・東海道新幹線への乗換影響を案内する。案内は、湖西の線路が観光の唯一の物理経路ではない、ということを日常で示している。示している迂回先が米原だ。米原は、天気の悪い日の逃げ道として、すでに関西と北陸のあいだにある。
逃げ道を、整備新幹線のハブに昇格させるのが米原ルートだ。昇格と、湖西線の普通列車を残すことは、同じ工事ではない。同じ工事に見えるのは、「滋賀を通すと並行在来線になる」という制度の言葉だけだ。制度の言葉を、強風の迂回ダイヤの隣に置くと、米原は県が望まない新線ではなく、いまも使っている接続点だ、と読める。読める接続点を、小浜トンネルが出来たあとも残すかどうかが、湖西の観光の話だ。

県は望まない、と書いた。数字は別の話をする
滋賀県の令和8年4月8日付の考え方は、はっきりしている。北陸新幹線そのものは国家プロジェクトで、大阪までの全線開業が不可欠だ、と前置きする。敦賀以西は、平成28年12月に与党が小浜・京都を決めたあと、早期着工の現実性が高いとして小浜・京都を支持する。そのうえで、「本県を通過する米原ルートおよび湖西ルートについては、本県にとっても課題や懸念があることから、本県としてこれらのルートを求めても、望んでもいません」。
望まない理由は四つに近い。多額の財政負担。ルートと受益がまだ粗い。北陸本線と湖西線が並行在来線として経営分離される可能性。湖西ルート(在来線活用)では大規模改修で長期運休が出る。四つは、県の公式文として残っている。残っている公式を、無いことにはしない。
2026年6月、与党の再検証で国交省が8ルートの費用対効果を出し直した、と北國新聞が書いた(6月11日付)。東京—新大阪を一体で見ると、小浜・京都が1.1、米原を含む他案は1.0。未着工区間だけを個別に見ると、米原で東海道新幹線に乗り換える案が1.0で最も高く、小浜・京都は0.5にとどまった、と鉄道協議の二次整理もある。事業費の幅は、米原(乗換)がおよそ1.3〜1.7兆円・18年〜、小浜・京都(南北)が4.2〜5.8兆円・25年、と報じられている。一体評価では小浜がわずかに上。個別と工期と総額では、米原が安い。安いことを、県の「望まない」は消さない。消さないまま、観光の網だけを見ると、高い方のルートが湖西を外す。
僕は県の財政課の机の上を見ていない。見ていない机の上に、負担額の確定値はまだ無い、というのが県自身の言い方でもある。無い確定値を、無料だと言い張るつもりはない。あるのは、小浜・京都の方が総額が大きく、開業が遅く、滋賀を通らない、という公開されている差だ。差を、早期着工の一点で閉じると、湖西の観光は20年待ちの外側に置かれる。
2016年の2.2と、2026年の1.0
2016年の与党決定のころ、米原ルートの費用便益比は2.2、小浜京都は1.1、概算は米原約5900億円、小浜京都約2兆700億円、と鉄道メディアは当時の数字を残している。10年後の再検証では、全線一体で小浜が1.1、米原が1.0に並び、未着工区間だけの個別では米原乗換が1.0、小浜が0.5、と報じられた。数字が逆転した、という見出しは小浜側に立つ。立つ見出しの内側で、個別評価と工期と総額は、まだ米原が安い。安い側を、県は平成28年12月の与党決定のあとに「早期着工の現実性」で手放した。手放した理由は、関西広域連合がかつて米原を推していた、という経緯のあとに続く。経緯は県のQ&Aにも書いてある。書いてある転換を、観光の網の話ではもう一度開ける。
8ルートの中身は、小浜・京都の南北案と桂川案、米原の乗換と一部乗入、亀岡、湖西、などと二次整理される。湖西ルートは、県が「在来線活用だと長期運休」と書いた案だ。運休は住民の足を止める。止める案を、こちらは推さない。推すのは、米原で東海道に乗り換える案だ。乗り換えはある。ある乗り換えの場所が滋賀に残る。残ることが、今津の二本目の切符の前提になる。

湖西線を切り離す話は、物理ではなく条件闘争
県が恐れる並行在来線は、線路が消える物理法則ではない。整備新幹線を通すときの制度で、JRが並行する在来線の経営から降りる、という条件だ。湖西線が対象になると、普通列車の運行主体と、赤字の引き受け先が県と沿線市町に寄る。寄る負担は大きい。大きい負担を、ルート反対の最後の一言にするのは、県としては自然だ。
自然な反対の内側で、観光の話は別の層にある。湖西線がJR西日本のまま残るか、第三セクターになるかは、誰が運行費を持つかの交渉だ。交渉の結果として本数が減れば、今津から京都へ通う住民も、マキノで降りる客も困る。困る住民の足を守るのは、県の懸念そのものだ。守る話と、北陸へ向かう関西の客を小浜トンネルへ逃がす話は、同じ「湖西線」という言葉で結びすぎている。結ぶと、新幹線を滋賀に通さないことが、湖西線を守る唯一の解に見える。唯一ではない。運行費の負担ルールを先に決めて、関西の客の入口は米原ハブに残す、という順番もある。
新旭に入る新快速を見ると、湖西線は観光特急だけの線ではない。通勤と通学と、琵琶湖の横の日常が先にある。日常を第三セクターの細いダイヤにしない、という要求は正しい。正しい要求を、小浜・京都支持の根拠だけに使うと、関西から北陸へ行く金は永遠に湖の向こう側を通る。通った金は、今津の改札を鳴らさない。
住民説明の場では、運休と第三セクターの話が先に立つだろう。先に立つ話を、否定しない。僕は第三セクターの収支表を持っていない。持っていないまま言えるのは、負担ルールを先に決めて関西の入口を米原に残す、という順番がある、ということだ。ハブが米原なら、湖西線は北陸直通の主役ではなくなる。主役でなくなっても、京都・大阪との新快速は残せる。残せる前提を、並行在来線の制度交渉で書くのが、県の仕事だと思う。仕事を、ルートそのものの拒否で終わらせると、観光の網は戻ってこない。
新快速が残っても、団体は戻らない
今津から京都へ通う定期券の人は、新快速の本数が残れば生活は続く。続く生活と、大阪から北陸へ行く団体が箱館山やマキノの湖岸で降りる日は、別の需要だ。別の需要を、並行在来線の議論は一つに束ねがちだ。束ねると、湖西線をJRのまま残すことが、観光の唯一の防衛になる。防衛は必要だ。必要な防衛の隣に、関西の団体をどこで乗せるかの話を置かないと、防衛は成功しても店の土曜は静かになる。
高島市観光協会の針江や今津の案内は、JR駅からの徒歩やバスで組んである。組んである前提は、京都・大阪から湖西線で来られる、ということだ。来られる、は新快速でも成立する。成立する人数と、特急の車窓から「次は今津で降りよう」と思える人数は、同じパンフレットでも層が違う。層が違う客を、小浜・京都の乗換なしルートは、京都の地下で北陸へ流す。流した先に、針江のカバタは出てこない。

米原で関西の客を落とさない、という選択
米原経由にも乗り換えはある。堀江が「だるい」と言い、星野が「なります」と返したのは、その乗り換えだ。乗り換えをゼロにするのが小浜・京都の売りだ。売りの裏側で、乗り換えの場所が滋賀から消える。消えた乗り換えは、京都か新大阪の地下に移る。移った先で北陸へ吸い上げられた客は、琵琶湖の西岸を見ない。見ない客に、今津の駅前は存在しない。
米原で東海道新幹線に乗り換える案は、既存のハブを使う。京都・新大阪へは、すでに本数がある。本数がある駅で北陸側が繋がると、関西の客は「敦賀まで在来、そこで新幹線」ではなく、「米原まで新幹線、そこで北陸」になる。手間は残る。残る手間の場所が滋賀県内だ、ということが、湖西の観光には効く。効き方は、米原から湖西線・琵琶湖線で今津や堅田へ折り返す、という二本目の切符だ。二本目を買う人は、直通より少ない。少ない人数でも、小浜トンネルで滋賀を見ない人数よりは、湖西に落ちる。
星野の注意は、こちらにも刺さる。駅ができる、と盛り上げすぎると、公共工事が期待外れになる。米原延伸を推す側が、今津に新幹線駅が出来る、と言い出すと、同じ失敗だ。今津に新幹線は来ない。来るのは、関西と北陸の間に滋賀のハブが残る、という網の形だ。形を、開業景気のポスターにしない。するなら、サンダーバードが湖西を走っていたころの関西客を、米原経由でもう一度落とす、という地味な目標でいい。
僕が見たいのは、今津の改札が関西の団体で混む日が、細くても戻ることだ。箱館山も、マキノの湖岸も、針江のカバタも、北陸へ行く途中の寄り道として説明できた。寄り道の説明は、直通が切れると弱い。弱い説明を、小浜トンネルの開業景気で補えない。補えない代わりに、米原で切符を二枚に分ける手間を県内に残す。手間は残る。残る場所が滋賀だ、ということが、湖西の店にとっては公共工事より先の話だ。
とにかく、20年待って湖の裏側に高いトンネルを通す方が、観光の仕事をしている間には間に合わない、と星野は言った。間に合わない工期を、早期着工と呼ぶのは、与党決定を守る言葉だ。守る言葉と、高島の今津で関西の客が改札を出るかは、別の時計だ。別の時計を、県の「望まない」一文で止めるのは、もったいない。コストはある。あるコストを払ってでも、関西の客を滋賀で切らない方が、湖西の観光には効く。効く方を、米原経由だと言い切る。
今津に新幹線は来ない。来るのは二本目の切符だ
米原ハブを推す側がやりがちなのは、湖西にも駅が欲しい、と言い出すことだ。言い出すと、星野の「盛り上げすぎ」に自分で入る。入らないために書く。敦賀—米原の新幹線は、湖西線の隣を走らない。走らない代わりに、米原で降りた人が琵琶湖線か湖西線で今津へ折り返す。折り返しは面倒だ。面倒な二本目を、小浜トンネルの「乗換なし」と比べると負ける。負ける比較の土俵は、関西と北陸のあいだの速さだ。速さの土俵ではなく、湖西に客が落ちるかの土俵で見ると、二本目のある滋賀の方が、一本で滋賀を見ない京都地下より親切だ。
1〜3年で僕が見るのは、次だ。与党の再検証が個別B/Cの米原1.0を議事に残すか。県が「望まない」一文を、負担ルールの条件付きに書き換えるか。JR西日本がサンダーバードの湖西走行を、敦賀以西の延伸議論の材料として残すか。三点は、今津の改札の混み方より先に、文書で動く。動いた文書のあとに、店の土曜が戻るかは、二本目の切符の値段と本数だ。

まあ、対談は加賀の温泉の話から始まる。始まった話の尻が、琵琶湖の西岸の特急に届く。届いた先で、県の4月の一文と、6月のB/Cを並べると、望まない側のルートの方が、観光の網には親切だ。親切な方を、もう一度大きく推す。推したあとで残る作業は、並行在来線の負担を誰が持つかを、数字で書くことだ。数字を書く前にルートを捨てると、湖西は関西の客の通り道ではなくなる。
